
ソルテアという街について
産業革命という歴史上で大きな事件を起こしたイギリスでは、重労働や労働超過など、過酷な労働条件が問題となっていました。 資本家が大きな富を築いていったのに反して、労働者の生活は厳しく、生活環境も非常に劣悪なものでした。 この当時、炭鉱などで働く、子供の労働者が多かったという記録からもそうした産業革命の背後に、多くの犠牲があったことが覗えます。
そこで当時毛織物産業を行っていたサー・ティタス・ソルトは、労働者を保護する目的で、1850年から、労働者のための町を作り始めました。
850を超える住宅はもちろん、教会や学校、公園に浴場、更には駅まで作り、労働者の生活を助け、彼らの生活を快適なものとするように心をくだいたのでした。
町の大部分はサー・ソルトが死んだ時と変わらない姿を残しており、当時のままに人々の生活の営みを助けています。
モデル・ビレッジとして多くの経営者の注目を浴びた町は、文化面、そして人道的観点からも評価され、2001年12月にユネスコにより世界遺産に登録されました。
サー・ティタス・ソルトの目指した街づくりと環境は、そこに住む人々に影響を与えたようで、街には文化的な雰囲気があります。 実際、そうした人物を、この小さな田舎の町、ソルテアは排出しています。
現代美術の巨匠「デビッド・ホックニー」もソルテア出身です。彼はここで生まれ、美術を学び、世界へと飛び立ちました。 現在、ホックニーはカルフォルニアに移住し創作を続けていますが、西海岸の強烈な太陽を感じさせる彼の作品には、何故かしらイギリス的な影のようなものを随所に感じてしまうのです。 それは、彼の生地(イギリス:ソリテア)からもたらされたものなのでしょう。
紆余曲折を経て、工場は1986年に、ジョナサン・シルバーに買い取られます。ファッションビジネスをマンチェスターで始め、成功した人物です。 彼は出身地の工場を買い取り、再建プロジェクトを開始します。ジョナサンは、工場のスペースをアートギャラリー、レストラン、カフェ等に改装し営業を始めたのです。デビット・ホックニーとも知り合いのジョナサン・シルバーは、ホックニーを招き、そうしたプロジェクトを推し進め、成功に導いたのです。
そのような訳で、ホックニーのギャラリーがソルテアにはあり、何度も、彼はここを訪問しています。
その際の写真を見ることが出来ますが、水色のVネックセーターに虫が食ってるとことか、彼のファッション等が、どうにもブリテッシュ・センスなんで、やはり彼はイギリス人なんだなあ...、と実感させられてしまいます。
ジョナサンとホックニーは仲の良い友達で、ジョナサンの死のその月は、ホックニーはヨークシャーに滞在し、ジョナサンを病院に見舞ったりしました。 その際に、ジョナサンはホックニーにヨークシャーのーの風景を描いてみるのはどうか?と提案し、ホックーはそうした作品を数多く残しています。
ジョナサンは癌で死にましたが、彼の再建した工場跡は2001年に世界遺産の一部に含まれ今後も人々の胸に残り続けることでしょう。
有名な世界遺産にある様な、観光地っぽさはありませんが、しずかでのんびりした雰囲気を味わい、街を散策するにはとてもよい場所です。 また世界遺産を巡る旅をしている方にも、ぜひお勧めですので訪問してみてください。
ソルテアの見所
ソルト・ミル(Salt Mill)
ソルトが50歳となった1853年に毛織物工場としてソルト・ミルが建造されました。現在は内部がギャラリーとなっており、ヨークシャー出身の画家、デイヴィッド・ホックニーの作品を中心に、様々な種類の絵画が展示されています。
中にはレストラン、カフェがあります。レストランではホックニーの愛犬だった犬の絵がプリントされたナプキン、お皿が使われています。
また、インテリアショップやブテックもあり、こんな田舎の小さな町に何故?というくらい、デザインチェア、家具、キッチン用品がそろっており、ロンドンのコンランショップなんかにも負けない品揃えの素晴らしさです。
運河
かつては製品の輸送手段として利用されていた運河の周辺は、落ち着いた散策コースとなっています、
学校、タウンホール
その当時の雰囲気をそのままに保存されています。
町並み
こじんまりとした、小さな町ですが、当時の外観をとどめて立ち並んでいます。散策コースに最適。
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